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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)99号 判決

原告

株式会社東京タツノ

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和61年3月17日、同庁昭和60年審判第2998号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和52年3月3日、名称を「給液装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和52年特許願第23139号)をしたところ、昭和57年6月22日出願公告(特公昭57-29360号)されたが、特許異議の申立てがあり、昭和58年3月14日手続補正をしたが、昭和59年10月31日特許異議の申立ては理由があるとする決定とともに拒絶査定がなされたので、昭和60年2月28日これを不服として審判の請求(昭和60年3判第2998号事件)をし、同年3月29日手続補正をしたが、昭和61年3月17日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年4月5日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

給油管の途中に背面に液室を有する主弁を設け、液室を主弁の流入側に連通させ、液室の流出部と連通する分岐管を設け、弁関係止機構を解除するダイヤフラムのダイヤフラム室へ陰圧管を開口し、この陰圧管の一端を供給タンクの液面により閉塞される位置に開口し、他端を分岐管の陰圧発生部に開口した自動閉鎖弁を分岐管途中に設け、分岐管途中の自動閉鎖弁の開閉により生じる液室内の液圧の変化により主弁を開閉する給液装置。(別紙図面(1)参照)

3  本件審決理由の要点

本願発明の要旨は前項記載のとおりと認められるところ、原審において特許異議申立人が提出した特公昭48-16576号特許公報(以下「第1引用例」という。)には、給液配管2、吐出配管7(この給液配管及び吐出配管は、本願発明の給油管に相当する。)の途中には、背面に主弁室9(液室)を有する主弁8を設け、主弁室9を補助配管20、22(分岐管)を介して入口側5(主弁の流入側)に連通させ、主弁室9を主弁8の出口側6と連通する補助配管22、23、27(分岐管)を設け、差動弁24(自動閉鎖弁)を補助配管23(分岐管)の途中に設け、この差動弁24の操作部41であるダイヤフラムよりなる室39に、一端が吐出配管7に形成された絞り部35(陰圧発生部)に開口した管路37の他端が接続され、かつ、管路37の途中より分岐した液面検知用パイプ45の検出端47を所定液面位置に設定し、検出端47の液面検知と同時にダイヤフラム室に差圧を生じ、差動弁24を閉弁させ、補助配管23には開弁信号により開弁する電磁弁25(弁開係止機構)を設け、補助配管途中に設けた電磁弁、差動弁(電磁弁、差動弁を1つの作動弁として構成し得ることも記載されている。)の開閉により生じる主弁室内の液圧の変化により主弁を開閉する給液装置が記載されており(別紙図面(2)参照)、同じく特開昭51-33331号公開特許公報(以下「第2引用例」という。)には、弁開係止機構24を解除するため、ダイヤフラムのダイヤフラム室へ通路16(陰圧管)を開口し、この通路16の一端を供給タンクの液面により閉塞される位置に開口し、他端をその管路4の陰圧発生部(通路18による。)に開口した自動閉鎖弁を前記管路4の途中に設けた機構を有する自動閉鎖型給油ノズルの安全装置が記載されている(別紙図面(3)参照)。

そこで、本願発明と第1引用例記載のものとを対比すると、両者は、給油管の途中に、背面に液室を有する主弁を設け、液室を主弁の流入側に連通させ、液室の流出部と連通する分岐管を設け、分岐管に設けられた弁開係止機構により主弁を開放するとともに、同じく分岐管に設けられた自動閉鎖弁は、供給タンクの液面の検知の際、陰圧管の一端が閉塞されるとともに、他の一端を陰圧発生部に開口しているため、ダイヤフラム室に開口した陰圧管により自動的に閉じられ、この結果、液室内の液圧の変化を生じて主弁を開閉する給液装置として一致し、(1)陰圧発生部が、本願発明では分岐管であるのに対し、第1引用例記載のものでは給液管である吐出配管である点及び(2)ダイヤフラム室が自動閉鎖弁を閉じるためのものであるとともに、本願発明では弁開係止機構を解除するためのものであるのに対し、第1引用例には弁開係止機構との関連についての記載がない点で一応相違が認められる。

本願発明と第1引用例記載のものとの相違点を検討すると、第2引用例には、管路の途中に自動閉鎖弁を設け、これにより弁開係止機構をタンク内の液面を検知することにより解除するため、ダイヤフラム室へ通路、すなわち陰圧管を開口し、この通路(陰圧管)の一端を供給タンクの液面により閉鎖される位置に開口し、他端を前記管路の陰圧発生部に開口した構成が示されているから、第1引用例記載のものにおける補助配管である分岐管の途中に設けた差動弁に相当する自動閉鎖弁を、前記第2引用例に示される自動閉鎖弁とすることに格別技術上困難であると認められる理由はなく、してみると、第1引用例記載のものにおける分岐管の途中に設けた自動閉鎖弁を、第2引用例に示される構成を採用することにより、本願発明における構成と同じものとなるから、前記の本願発明と第1引用例記載のものとの相違点(1)及び(2)は、当業者が第2引用例の存在により適宜変更し得る程度の事項であると認められる。

よつて、本願発明は、第1引用例及び第2引用例の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  本件審決を取り消すべき事由

第1引用例及び第2引用例に本件審決認定のとおりの事項が記載されていること、及び本願発明と第1引用例記載のものとの間に本件審決認定のとおりの一致点及び相違点(1)及び(2)があることは認めるが、本件審決は、右相違点(1)を対比判断するに当たり、第2引用例記載のものが第1引用例のそれと同様、右相違点(1)に示された本願発明の構成を欠くものであり、本願発明と技術的思想を異にし、かつ、右構成により本願発明の奏する顕著な作用効果を右各引用例が奏し得ない点を看過した結果、本願発明は、第1引用例及び第2引用例の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの誤つた結論を導いたものであり、この点において、違法として取り消されるべきである。すなわち、

本願発明と第1引用例記載のものとは、本願発明の自動閉鎖弁が、陰圧管の他端を分岐管の陰圧発生部に開口させたものであるのに対し、第1引用例記載の作動弁は、管路(陰圧管)の他端を給液管である吐出配管に設けた陰圧発生部に開口させたものである点で相違するが(相違点(1))、第2引用例記載の自動閉鎖弁も、第1引用例記載の作動弁と同様、、通路16(陰圧管)の他端を管路4自体に設けた陰圧発生部に開口させたものであつて、この点で第1引用例記載のものと変わるところはなく、第1引用例及び第2引用例には、陰圧管の他端を分岐管の陰圧発生部に開口させるという構成及びこの点の技術的思想は全く存しない。また、本願発明は、陰圧管の他端を分岐管の陰圧発生部に開口させるという構成を採用したことにより、右各引用例記載のものにはない、①給液流量に影響されることなく、満タン時に主弁を閉止させることができ、②誤動作によりタンクが満タン状態のもとで給液ポンプを作動させた場合でも、溢流といつた重大な事故を発生させることが少ないという顕著な効果を奏するものである。これを詳述するに、第1引用例及び第2引用例記載のものは、吐出配管の管内に陰圧発生部を設けているため、そこから得られる陰圧は、管内の給液流量(流速)に比例して増加(流速の2乗に比例する。)し、それに伴つて管内の陰圧も大となり、その結果、吐出配管を流れる液の流量(流速)がある限度を越えると、陰圧管他端からの空気吸入量が陰圧に追いつかなくなる結果、満タンの状態(陰圧管の一端開口部が液面に接触した状態)になる以前に陰圧がダイヤフラムの作動圧を越え、ダイヤフラムを吸引変形して主弁を閉止させてしまう(給液を停止させてしまう。)という誤動作を起こすという不都合を有しているが、分岐管から陰圧を取り出すようにした本願発明においては、主弁の液室を介して分岐管に流れ込む液流量は、液室の緩衝機能によつて給液管内を流れる液の流量(流速)に影響されることなくほぼ一定となることから、分岐管の陰圧発生部に生じる陰圧は、吐出配管内の流量(流速)にかかわりなく、ほぼ一定であつて、ここに開口した陰圧管内の陰圧をダイヤフラムの作動圧以下に抑えることができ、その結果、給液の途中でみだりに主弁を閉鎖させてしまうような不都合を生じさせないとともに、満タン時に確実に主弁を閉止させるという、前記①の効果を奏するのである。また、吐出配管から陰圧を得る第1引用例及び第2引用例記載のものにおいては、給液配管内の弁を開いて給液を開始しない限り陰圧を得ることができないから、主弁を閉じるまでの間に流れた液により溢流事故が生ずるおそれがあるのに対し、分岐管から陰圧を取り出すようにした本願発明では、主弁背面の液室に連通した分岐管には、主弁の開放中はもとより、主弁を開く前、つまり給液を開始する前から液が流れて陰圧が生じるから、仮に、誤動作によりタンクが満タンの状態(陰圧管の一端開口部が液面に接触した状態)で給油ポンプを作動させたような場合でも、液室を経て分岐管内に流れ込んだわずかな液量により陰圧管内の陰圧を即時に作動圧以上にすることができるため、主弁が開く前に主弁の閉止動作が行われることになり、かつ、分岐管内からの流量はわずかであるから、溢流といつた重大な事故を発生することが少ないという前記②の顕著な作用効果を奏する。しかるに、本件審決は、第1引用例及び第2引用例記載のものからは到底予測することのできない本願発明の奏する右作用効果を看過し、前記相違点について、適宜変更し得る程度のものであると誤認したものである。被告は、主弁開弁中に、陰圧の発生し得る箇所であればどこから陰圧をとつてもよいことは、当業者の容易に予測できるところであり、また、小径の分岐管なら早い時点で十分な陰圧発生に必要な流速が得られることは、当業者の容易に予測できることである旨主張するが、右主張は、前記のとおり、陰圧が管径のいかんにかかわりなく流速に比例して変動するという事実及び本願発明においては、分岐管が主弁の上流側において吐出配管と連通しているという構成を看過したことに基づく主張であつて、失当である。

第3被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

1  請求の原因1ないし3の事実は、認める。

2  同4の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であつて、原告主張のような違法の点はない。

確かに、原告主張のとおり、第1引用例及び第2引用例記載のものは、いずれも陰圧を給油管である吐出配管から得ているのに対し、本願発明は、陰圧を分岐管から得ており、この点において、本願発明は、第1引用例及び第2引用例のいずれとも相違しており、陰圧を分岐管から得るとする技術的思想は、いずれの引用例にも示されていない。しかし、この陰圧をとる箇所を、吐出配管に特定しなければならないとする必然性のないことは、第1引用例及び第2引用例に開示された給油停止機構における陰圧の機能を考慮すれは、当業者にとつて自明のことと認められる。つまり、この陰圧の機能は、主弁の開弁中は、陰圧を大気圧で打ち消してダイヤフラム室に導き(したがつて、ダイヤフラムは作動しない。)、満タンになつた時は、大気圧を低滅させ、残つた陰圧でダイヤフラムを作動させ、その結果、主弁を閉弁させ給油を止めるものであるから、主弁開弁中に、陰圧の発生し得る箇所であればどこから陰圧をとつてもよいことは、当業者の容易に予測できるところである。現に、自動閉鎖弁の挿入されている管そのものから陰圧を取り出すことも第2引用例には示されている(第1引用例では、自動閉鎖弁の挿入されている管と陰圧の取り出し管は別)のであるから、第1引用例記載のものにおいて、自動閉鎖弁の挿入されている分岐管そのものより(もちろん、給油時,油は流れている。)陰圧を取り出すようにすることは、そうすることにより顕著な効果がある場合は別として、当業者の容易になし得たものとするのが相当である。そこで、陰圧を分岐管から得るようにしたことの作用効果についてみるに、そもそも分岐管は、単に主弁を操作させるためのもの(本来の給油は、給油管で行われる。)であるから、給油管に比べて小径であり、流量も小さく設計されるのが技術常識というべきである。してみると、陰圧を分岐管からとれば、給油管からとるよりも、早い時点で、十分な陰圧発生に必要な流速に達し得ること、そして、給油管への影響が少ないものであることは、当業者の容易に予測できることである。してみれば、原告の主張する効果は、いずれも格別なものとは認められない。したがつて、陰圧を分岐管から得るようにすることは、容易になし得たものとするのが相当である。原告は、その主張する①の効果に関して、第1引用例に示されたものは、吐出配管の管路内に陰圧発生部を設けているため、そこから得られる陰圧は、管内の給液流量(流速)に比例して大幅に増加(流速の2乗に比例する。)するのに対し、本願発明においては、分岐管が液室を介して吐出配管と連通していることにより、分岐管内の流れが吐出配管の流量(流速)に影響されることなくほぼ一定となることから、分岐管の陰圧発生部に生じる陰圧は、吐出配管内の流量(流速)にかかわりなく、ほぼ一定である旨主張するところ、吐出配管から得られる陰圧がある程度(低度の陰圧から高度の陰圧に)変動することは認めるが、その程度は主弁の開弁速度、管径等に左右されることは明らかであるから、その大小は一概にはいえないものである。一方,分岐管の陰圧発生部に生じる陰圧がほぼ一定であるとの点については、かかる主張を裏付ける記載は明細書及び図面のいずれにもないから、にわかに理解し難く、また、分岐管内の流量(流速)は、液室の流出入部及び分岐管と液室の具体的構成等によつて左右されることは容易に推測できるところであるから、本願発明の構成要件のみをもつて、給液流量に影響されることなく満タン時に確実に主弁を閉止させることができるという原告の主張する前記①の効果が常に得られるとすることはできない。したがつて、本願発明と第1引用例記載のものとの間の発生陰圧安定度の差は、もろもろの設計的要因に左右されるものであり、本願発明の方が顕著と断定することはできない。また、原告は、第1引用例及び第2引用例記載のものにおいては、給液管路内の弁を開いて給液を開始しない限り陰圧を得ることができないのに対し、本願発明では、主弁を開く前に陰圧が生じるから、タンクが満タンの状態(陰圧管の一端開口部が液面に接触した状態)で給油ポンプを作動させたような場合でも、主弁が開く前に主弁の閉止動作が行われることになり溢流といつた重大な事故を発生することがない旨主張するところ、本願発明の場合には、右各引用例記載のものとは異なり、主弁を開く前に陰圧が生じる点は認めるが、溢流防止効果については、本願発明においても、主弁開放前に分岐管を流れる油がタンク内に流入する以上、やはり溢流の危険は回避できない。そして、両者における危険度は、給油動作開始時に吐出配管又は分岐管を流れる流量、ダイヤフラムの作動圧等に左右され、一概にその大小を論じ得ないものである。したがつて、溢流といつた重大な事故を発生することが少ないという原告の主張する②の効果も、各引用例のものとの比較において格別なものとはいえない。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

(争いのない事実)

1  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

2 第1引用例及び第2引用例に本件審決認定のとおりの内容の記載があること、並びに本願発明と第1引用例記載のものとの間に本件審決認定のとおりの一致点及び相違点((1)及び(2))があることは、原告の認めるところ、原告は、本件審決は右相違点(1)についての認定判断において、第2引用例記載のものが第1引用例記載のものと同様、右相違点に示された本願発明の構成を欠くものであり、この点で本願発明と技術的思想を異にし、かつ、右構成により本願発明が右各引用例の奏し得ない顕著な作用効果を奏するにかかわらず、この点を看過した旨主張するから、以下この点につき検討する。

本願発明が陰圧管の他端を分岐管の陰圧発生部に開口させて自動閉鎖弁を設けた構成を有することは、前示本願発明の要旨に照らし明らかであり、このように本願発明が陰圧を分岐管から得ていること、並びに第1引用例及び第2引用例記載のものがこの点において本願発明と構成を異にし、この点の技術的思想を欠くことは、被告の認めるところである。ところで、被告は、本願発明の右の構成は、第1引用例及び第2引用例に示された給油停止機構における陰圧の機能を考慮すれば、当業者にとつて自明のものであり、また、その構成による作用効果も格別のものではない旨主張する。よつて審案するに、前示本願発明の要旨に成立に争いのない甲第2号証の1(昭57-29360号特許出願公告公報)、同号証の2(昭和58年3月14日付手続補正書)及び同号証の3(昭和60年3月29日付手続補正書)を総合すれば、本願発明は、給液装置に関する発明であつて、流入圧及び流出量の大きい流路の弁を小さい力で開閉でき、また、開閉のために電力や圧搾空気を要しない給液装置を得ることを目的として、右目的を達するため、本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載と同じ。)のとおりの構成を採用したものであるところ、本願発明は、このように陰圧管の他端を主弁の流入側に連通された液室の流出部と連通する分岐管に陰圧発生部を設ける構成を採つた結果、他の構成と相まつて、陰圧管の一端の開口部が液面に接触していない状態のもとでは給液管内を流れる液量が増加するにつれ、液室を経て分岐管内に流入する液量はむしろ低下するから、給液管内の流量のいかんにかかわらず、①ダイヤフラム室内の陰圧をダイヤフラムの作動圧以下の状態でほぼ一定に保つことができ、陰圧をもつて主弁の開閉を制御するこの種の給液装置における供給量を最大限増加させることができ、しかも、タンク内に液が充満し、上昇した液面が陰圧管の開口端に達して閉鎖すると、分岐管の陰圧発生部に発生する陰圧がダイヤフラムに作用して吸引し、分岐管に設けられた弁を閉じて液室内の液圧を上昇させ、その液圧とバネの作用によつて確実に主弁を閉止させることができるという作用効果を奏するほか、また、②タンク内が満タンの状態において誤つて給液操作をしたような場合でも、給液開始後に分岐管内に流入したわずかな液により、ダイヤフラムを作動させるに十分な陰圧を直ちに発生させることができるから、主弁を閉鎖させた状態で維持してタンクからの溢流を未然に防止することができるという優れた作用効果を奏するものと認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。叙上認定のとおり、本願発明が第1引用例及び第2引用例に記載のものと技術的構成及び技術的思想を異にし、しかも、その相違する構成により他の構成と相まつて本願発明が顕著な作用効果を奏する点を考慮すれば、右の技術的構成の相違をもつて適宜変更し得る程度の事項ないし自明の事項の範囲とし、また、その作用効果をもつて予測し得る程度のものとみることは到底できないものというべきである。被告は、陰圧を取り出す箇所を給油管(第1引用例の吐出管)に特定しなければならない必然性がなく、自動閉鎖弁の挿入されている管そのものから陰圧を取り出すことが第2引用例に示されているので、第1引用例記載の給液装置において、自動閉鎖弁の挿入されている分岐管から陰圧を取り出すようにすることは顕著な効果があれば格別、当業者が容易になし得たものである旨主張する。しかし、成立に争いのない甲第4号証(第2引用例)によれば、第2引用例における自動閉鎖弁の挿入されている管とは、給液管である管路4そのものであり、陰圧発生部は給液管そのものに設けられていることが認められるから、陰圧発生部の点において、第2引用例記載のものは第1引用例記載のものと何ら変わるところはないものというべく、また、本願発明が前記構成により顕著な作用効果を奏することは前認定のとおりであるから、被告の右主張は、採用することができない。更に、被告は、本願発明の分岐管の陰圧発生部に生じる陰圧が給液管内の流量(流速)にかかわりなくほぼ一定である点につき、第1引用例記載のものにおいても吐出配管から得られる陰圧の変動の程度は、主弁の開弁速度、管径等に左右されるので、本願発明の陰圧と対比し、その大小を一概に論じ得ない旨主張するが、上叙の本願発明及び第1引用例記載のものの構成に照らすと、少なくとも、第1引用例記載のものの吐出配管から得られる陰圧の変動の程度は、本願発明の吐出配管(給液管)内の流量(流速)の影響を受けることがない分岐管から得られる陰圧の変動の程度に比べて大きいことが明らかであるから、被告の右主張は、採用するに由ない。なお、被告は、本願発明の作用効果に関し、分岐管から得られる陰圧は、分岐管が主弁の液室を介して給油管と連通しているゆえに一定に保たれることを裏付ける記載が本願発明の明細書及び図面にはないので、にわかに理解し難く、また、分岐管の流量(流速)は、液室の流出入部及び分岐管と液室との具体的構成によつて左右されるから、本願発明の構成要件のみをもつて前記①の効果が常に得られるものとすることはできない旨主張するが、本願発明の明細書及び図面からは、前認定の事実を認めることができるから、被告の右主張は採用の限りでない。更に、本願発明の奏する②の効果について、被告は、本願発明においても、主弁開放前に分岐管を流れる油はタンク内に流入する以上、やはり溢流の危険は回避できない旨主張するが、分岐管は、単に主弁を操作させるもの(本来の給油は、給油管で行われる。)であるから、給油管に比べて小径であり、流量も小さく設計されるのが技術常識であること(このことは、被告の認めるところである。)、並びに前認定の本願発明の奏する作用効果を総合すると、本願発明は、第1引用例及び第2引用例記載のものと比べ、優れて溢流の危険を回避し得るものと認められ、したがつて、被告の右主張も採用することができない。なお、被告は、この点に関して、溢流の危険の程度は、給油動作開始時に吐出配管(給油管)又は分岐管を流れる油の流量、ダイヤフラムの作動圧等に左右され、一概にその大小を論じ得ない旨主張するが、両者の溢流の危険の大小は、ダイヤフラムの作動圧等が同一であるという条件のもとで対比して判断すべきものであつて、被告の主張はその前提を欠くものというべく、採用することができない。そうすると、本件審決は、本願発明と第1引用例記載のものとの相違点(1)についての対比判断に当たり、その認定判断を誤つたものというべく、右誤りが本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の点について判断を加えるまでもなく、違法として取り消しを免れない。

(結語)

3 以上のとおりであるから、本件審決を違法として、その取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるものということができる。よつて、これを認容することとし、訴訟費1の負担について、行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(武居二郎 高山晨 川島貴志郎)

〈以下省略〉

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